【創造的人材を殺さない経営とは何か】
- yuichiro shibata

- 28 分前
- 読了時間: 7分

新規事業の伴走支援を続けていて、最近強く感じることがあります。
新規事業の成功率が低い理由を、
「優秀な人材がいないから」
「アイデアがないから」
「社員にイノベーション能力がないから」と、
人才の問題として捉える企業は少なくありません。
だから、 アート思考やデザイン思考を学ばせる。 アイデア創出研修をする。 新規事業人才を育成する。 もちろん、それらも必要です。
しかし現場を見ていると、もっと根本的な問題があるように思います。
優秀な人才がいないのではなく、優秀な人才がいても、その創造性を発揮できない組織になっているのではないか。つまり、人才育成以前に「創造的人才を殺さない経営」が必要なのです。
1.コンプライアンスがコミュニケーションまで萎縮させていないか
パワハラやセクハラなどを防止し、社員を守るためにコンプライアンスを強化することは当然必要です。しかし、制度によって人間関係の問題をすべて解決しようとすると、別の問題が起こります。
「これを言ったらパワハラになるのではないか」
「部下にどこまで踏み込んでいいのかわからない」
そう考える上司が増えれば、結果として社員同士のコミュニケーションそのものが減っていきます。しかし、信頼関係は制度だけでは作れません。
雑談したり、意見をぶつけたり、ときには衝突したりしながら、「この人になら本音を言っても大丈夫だ」という関係が生まれます。
特に新規事業では、正解のない問題について議論する必要があります。
だから必要なのは「何も言わない安全性」ではなく、異なる意見を率直に言い合える心理的安全性ではないでしょうか。
コンプライアンスは人を守るためのものです。
それが、人と人との関係そのものを希薄にしてしまったら本末転倒です。
2.ワークライフバランスが「働きたい自由」まで奪っていないか
ワークライフバランスも重要です。
長時間労働を是正し、誰もが健康に働ける環境を整えることに異論はありません。
しかし問題は、それを一律の時間管理だけで実現しようとすることです。
世の中には、仕事と生活を明確に分けたい人もいれば、自分が面白いと思った仕事に没頭したい人もいます。
特に新規事業は、予定通りには進みません。
顧客から突然連絡が来る。
競合が新しいサービスを発表する。
プロトタイプに問題が発生する。
思いがけないビジネスチャンスが訪れる。
そのときに、
「今日は勤務時間が終わったので来週対応します」
という運営では、スタートアップとの競争には勝てません。
もちろん「もっと働け」という話ではありません。
重要なのは、働きたくない人に長時間労働を強制しないことと、挑戦したい人の自発的な没頭を制度によって禁止することは別問題だということです。
必要なのは一律の管理ではなく、個人とチームへの裁量ではないでしょうか。
3.意思決定が遅すぎる
新規事業では、最初から正解はわかりません。
だから、小さく試し、間違え、修正する。
ところが大企業では、失敗しないために資料を作り、上司に説明し、会議を行い、稟議を回し、さらに上の決裁を取る。
慎重に検討している間に、市場環境そのものが変わってしまいます。
さらに難しいのは、経営者のインセンティブです。
任期の終盤にいる経営者にとって、成功するかわからない新規事業に大きな投資をすることはリスクになります。
失敗すれば責任を問われる。
しかし、
「挑戦しなかったこと」は、ほとんど責任を問われません。
だとすれば、余計なことをせず既存事業を安定的に次の経営陣へ引き継ぐ方が、個人としては合理的です。
ここに大きな矛盾があります。
新規事業には不確実性の中での「決断」が必要なのに、企業の仕組みは「決断しない方が安全」になっているのです。
4.新規事業は本当に経営上の優先事項なのか
そして、最も大きな問題がここだと思います。
多くの企業が「イノベーション」や「新規事業」を掲げています。
しかし、本当に経営上の重要課題なのでしょうか。
それは、経営資源の配分を見ればわかります。
本当に新規事業が重要なら、
・優秀な人材を投入するはずです。
・予算を確保するはずです。
・責任者に一定の決裁権を与えるはずです。
・経営陣自身が継続的に関与するはずです。
ところが現実には、
「既存事業から優秀な社員を抜かれると困る」
という理由で、最も優秀な人材は既存事業に残される。
新規事業には、
・余っている人材や兼務者がアサインされる。
・予算は少なく、決裁権もなく、
・何かするたびに既存組織の承認を取らなければならない。
そして数年後、
「やっぱり新規事業は難しい」という結論になる。
本当に新規事業が難しかったのでしょうか。
そもそも成功させるだけの投資をしていなかったのではないでしょうか。
新規事業とは、余った人材と余った予算で行う課外活動ではありません。
企業の未来をつくるための「投資」です。
5、すべてに共通しているのは「会社を守る」という思想
ここまでの4つを眺めると、共通点が見えてきます。
・コンプライアンス=人間関係のリスクから会社と社員を守る。
・ワークライフバランス=過重労働のリスクから社員と会社を守る。
・慎重な意思決定=経営判断の失敗から会社を守る。
・新規事業への限定的な投資=財務リスクから会社を守る。
どれも間違っていません。
むしろ既存事業を安定して運営するためには、極めて合理的な仕組みです。
しかし、新規事業とは本来、
「まだ正解がない未来に、リスクを取って資源を投じる行為」です。
つまり企業は、
リスクを極小化するために作った組織の中で、「リスクを取ってイノベーションを起こせ」と社員に要求している。ここに構造的な矛盾があります。
6、アクセルの踏みながら、サイドブレーキを引いている
だから私は最近、「新規事業人材を育成すればイノベーションが起こる」という考え方そのものに疑問を感じています。
社員にアート思考を教える。 デザイン思考を教える。 アイデア創出法を教える。 アントレプレナーシップを教える。
それ自体は有効です。
しかし、どれだけアクセルの踏み方を教えても、会社側がサイドブレーキを引いていたら車は前に進みません。
むしろ優秀で創造的な人ほど、
「提案しても通らない」
「動こうとすると止められる」
「失敗すると評価が下がる」
「成功するまでの権限も予算もない」
という経験を重ねるうちに、挑戦しなくなり疲弊し、退社していきます。
そして会社は、
「うちにはイノベーション人材がいない」と言う。
もしかすると、いなかったのではありません。
いたのに、組織が殺してしまったのかもしれません。
7、創造的人材を殺さない経営へ
では、コンプライアンスをなくせばいいのか。
長時間働けばいいのか。
トップが独断で即決すればいいのか。
もちろん、そういう話ではありません。
必要なのは、
既存事業を守るための経営と、未来を探索するための経営を、同じルールで運営しないことです。
既存事業には、効率性、再現性、安全性、品質、コンプライアンスが必要です。
一方、新規事業には、仮説、実験、失敗、スピード、裁量、そして経営による覚悟ある投資が必要です。
守るための組織と、創るための組織。
この二つを同じ評価制度、同じ意思決定プロセス、同じ予算思想で運営すること自体に無理があるのではないでしょうか。
これから企業に必要なのは、単なる「イノベーション人材の育成」ではありません。
創造的人材が能力を発揮できる環境を、経営が意図的につくること。
新規事業の成功率を上げたいのであれば、社員を教育する前に、経営者自身が問われるべきです。
「あなたの会社は、本当に新しいことができる会社になっていますか?」



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